岡田仁志 連載コラム「はばたけ、闇翼たち!」第6回
2009/10/15 | <<一覧に戻る
●伝説のゴール
あの試合から1週間以上が過ぎたが、まだ、ボールの描いた軌道が脳裏に焼きついたまま消えようとしない。10月4日、八王子クーバー・フットボールパークで開催された、関東リーグ第4節。その第3試合、たまハッサーズ対ビヴァンツァーレの首位攻防戦をサイドフェンスにへばりついて観戦できた私は、実に果報者である。あのゴールを見逃していたら、「おまえは何のために3年間もこの競技を追いかけてきたのか!」と、自分をブン殴りたくなったに違いない。とにかく、これまで多くのゴールシーンを見てきたが、あんなにコーフンしたのは初めてだ。23年前、テレビでディエゴ・マラドーナの「5人抜き」を見たときだって、もう少し落ち着いていたと思う。
試合は前半の早い時間帯に、PKでビヴァンツァーレが先制した。首位を走るハッサーズは、これで闘志に火がついたに違いない。しかも与えたPKは、チームに加わったばかりの新人GK(公式戦初出場)が犯したハンドによるものだ。障害者スポーツでありながら、健常者のプレイが結果を大きく左右する——ブラインドサッカーには、そんな一面がある。だからこそ、両者が同じチームの仲間として戦えるのだ。ハッサーズの選手たちは、仲間のミスを挽回すべく、一気に集中力を高めたように見えた。だからこそ、「練習でも成功したことのないプレイ」が見事に成功したのだろう。「火事場のナントカ」ではないが、強い危機感は人間から大きな力を引き出すものだ。
そのハッサーズが右CKを得たのは、前半の終盤だった。ドリブルで内側に切り込んだ菅野が、6メートルライン付近で、3人のビヴァンツァーレ守備陣に包囲される。この試合、ビヴァンツァーレは守備のスピードと粘りが凄まじかった。ハッサーズはそれまで、ゴール前のチャンスをことごとく潰されている。この場面も、密集の中でシュートさえ打てずに終わりそうだった。
ところが次の瞬間、思いがけないことが起きる。菅野を取り囲んだビヴァンツァーレの選手たちは、そこにあったはずのボールが突然「消えた」と思ったことだろう。しかしこれは『巨人の星』ではないので、ボールは消えない。消えたのは、ボールの「音」である。菅野は、ボールを高々と空中に蹴り上げたのだ。
ほとんどのプレイが「二次元」の世界で行われるブラインドサッカーに、三つ目の次元がもたらされた。浮き球自体は決して珍しくないが、あそこまで高く上がるシーンは滅多にない。左サイドフェンス際で観戦していた私は、宙に浮いたボールを新鮮な気分で見上げた。DFの動きが止まる。ボールはその頭上を越え、6メートルラインの内側、左45度の位置に向かって落下した。
その落下地点に向けて、猛然と突進する選手がいた。日本代表のエース、黒田だった。敵DFが完全に見失ったボールの軌道が、彼には見えていた。
ボールが地面を叩く。ワンバウンド、ツーバウンド。その音に反応したDFが動き出したとき、すでに黒田は右足を強く振っていた。ダイレクトボレー。それがこのサッカーでいかに難しいかは、説明不要だろう。なにしろ、音を立てて転がるボールをトラップするだけでも、相当な反復練習が必要な競技なのだ。しかし黒田は、ボールの音が消えているにもかかわらず、「あのときは足に当たるという確信がありました」と言う。
実はこの試合、その場面の少し前にも、黒田は空中のボールを蹴ろうと試みている。高くバウンドしたボールに、ジャンプして足を伸ばしたのだ。あきれたことに、どうやらオーバーヘッドキックがやりたかったらしい。残念ながらキックは空を切ったが、そんなプレイをやろうとすることだけでも、この選手の感覚と運動能力は尋常ではない。いや、彼の場合、サッカーを楽しもうとする意欲が人並み外れて大きいと言ったほうがいいだろうか。たとえ空振りをしても、彼の体はとても嬉しそうに躍動している。
そんな黒田の「サッカー欲」が、最高のラストパスを最高の形に仕上げた。完璧にミートされたボールが、ゴール左隅に突き刺さる。見ていて、体の中に電流が走ったような気がした。さほど多くはないはずのギャラリーから、「うおおおおっ!」という大歓声が上がる。ピッチ周辺のどよめきは、しばらく収まらなかった。それはそうだろう。現時点のブラインドサッカーで、あれ以上にスペクタクルなシーンは想像できない。あのゴールを目撃した者は、間違いなく「世界でいちばん凄いもの」を見る幸運に恵まれたのだ。
このスーパーゴールに勢いを得たハッサーズは、3-1で逆転勝利を収めた。おそらく、「もう一度やれ」と言っても難しいプレイではあるだろう。だが、たとえ「100回に1回」のプレイだったとしても、それが実現可能であることを示した意義はとてつもなく大きい。あの攻撃にこそ、ブラインドサッカーという競技の未来があるはずだからだ。
現在のブラインドサッカーは(国際試合も国内の試合も)ドリブル依存度が高い。だが守備力が向上しているため、強いチーム同士の対戦ほどアタッカーがゴール前の密集を突破できず、点が入りにくくなっている。3〜4人に囲まれてしまうと、どんなに巧みなドリブラーでも、シュートまで持ち込むのは至難の業だ。
そこで得点の可能性を高めるには、フリーで待っている味方を「使う」しかない。ゴール前にラストパスを出し、敵がそちらにプレッシャーをかける前に、ダイレクトで撃つ。理想論であることは百も承知だが、これが「サッカー」という集団競技である以上、「味方との連携で敵を崩す」ようになるのが自然の流れだと私は思っている。そして、それは「やればできる」のだ。事実、ハッサーズはそれをやって見せた。常に「人間、やればできるんだな」と思わせてくれるのが、私がこの競技に惹かれる理由の一つである。
ちなみにその1週間後、10月10日からの日本代表合宿で実施された練習試合では、佐々木からのラストパスを足元で受けた加藤が、ワントラップで豪快なミドルシュートを決めている。それも、この競技の持つ大きな可能性を信じさせるシーンだった。12月のアジア選手権本番でも、どんなミラクルゴールが飛び出すかわからない。オーバーヘッドだって、もはや絶対にあり得ないとは言い切れないのだ。「伝説」が生まれる瞬間を見逃したくなければ、ぜひ、アミノバイタルへ足を運ぶことをお勧めする。(2009/10/14)
プロフィール
岡田仁志(おかだ・ひとし) 昭和39(1964)年北海道生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。深川峻太郎の筆名でもエッセイやコラムを執筆し、著書に 『キャプテン翼勝利学』(集英社インターナショナル)がある。3年前からブラインドサッカーを取材し、今年6月、『闇の中の翼たち ブラインドサッカー日 本代表の苦闘』(幻冬舎)を上梓。