岡田仁志 連載コラム「はばたけ、闇翼たち!」第7回

2009/11/26 | <<一覧に戻る

●アジアのライバルたち ~中国編41f5itikbyl_ss500_

私が「月2回掲載」の約束を果たせずグズグズしている間に、第3回ブラインドサッカーアジア選手権大会の出場国が発表された。12月17日に開幕する大会でアジア王座を争うのは、中国、韓国、イラン、マレーシア、日本の5ヵ国。マレーシアの初参加によって、2年前の大会より出場国数がひとつ増えたことを、まずは喜びたい。ブラインドサッカーの輪は、アジアでも着実に広がっている。

さて今回からは、この大会で日本代表が倒すべき対戦国の戦い方や見所などを、3回に分けて紹介しよう。残念ながらマレーシア代表チームは私も見たことがなく、情報もまったく持ち合わせていないので、4回ではなく3回である。どうか、大会開幕までに書き終わりますように。

アジアの話をする前に世界全体の勢力図を簡単に説明しておくと、この視覚障害者サッカーB1クラスでは、当初から南米勢が覇権を握ってきた。1998年から2006年まで4回開催された世界選手権の優勝国は、ブラジル2回、アルゼンチン2回。2004から採用されたパラリンピックでは、アテネ、北京とブラジルが2大会連続で金メダルを獲得した。要するに、ブラジルとアルゼンチンしか「世界チャンピオン」になったことがないのである。

欧州では長くスペインが最強を誇り、国際大会でも表彰台の常連だったが、2006年の世界選手権と2008年の北京パラリンピックではいずれも4位。今年の欧州選手権では、フランス、イングランドの後塵を拝して3位に終わっている。ちなみに優勝したフランスは3年前の世界選手権で日本と引き分け、スペインは2年前に日本に敗れた。また、昨年のパラリンピックでは、韓国がスペイン、イングランド(パラには「英国」として出場)と引き分けている。欧州とアジアのレベルは、ほぼ拮抗していると見ていいだろう。

以上がおおまかな世界の情勢だが、昨年の北京パラリンピックでは、この「南米優位」を揺るがす新たな潮流が生まれた。地元開催の大会へ向けて強化に励んだ中国が、世界大会初出場でありながら、銀メダルを獲得したのである。しかも、総当たりのリーグ戦は4勝1分けで、ブラジル(3勝2分け)を抑えて1位通過。決勝戦も、タイムアップ寸前にブラジルが第2PKを決めるまでは1-1という大接戦だった。

IBSA(国際視覚障害者スポーツ連盟)フットサル委員会チェアマンのカルロス・カンポス氏によれば、中国の代表選手たちは、北京パラの2年前からサッカーだけに専念する環境を与えられ、猛練習を積んだそうだ。そこで彼らが最大の時間と労力を注いで磨き上げたのは、間違いなく「ドリブル」である。

2007年10月の第2回アジア選手権で初めて中国チームを見たとき、そのドリブルのあまりの巧みさに、私は言葉を失った。たいへんなスピードで走りながら、決してボールを失わない。まるでミズスマシのようにぐるぐるとフィールドを動き回り、DFが接近すると自由自在に切り返して華麗に抜き去る。そんな高い技術を持つ選手が、何人もいたのである。

そして、このドリブル技術が、それまでの常識を覆す新しい戦術を可能にした。それが、中国に銀メダルをもらたした最大の要因だと私は見ている。

ブラインドサッカーでは、通常、守備時にも1人か2人のアタッカーを敵陣に上げている。自陣で敵からボールを奪ったら、それを前線にフィードして攻撃を始めるわけだ。しかし中国の選手は、自陣ゴール前から1人で敵ゴール前までドリブルで攻め上がることができる。したがって、守備時にアタッカーを前線に上げておく必要がない。

それで可能になったのが、「全員守備」である。彼らは基本的に4人で敵のアタッカーを包囲し、ボールを奪った選手がドリブルで攻撃を始める。そのとき、ほかの3人は自陣にとどまったまま、ほとんど上がらない。当然、ボールを持った選手には「パス」という選択肢がなく、延々とドリブルでDFをかわし続けて、シュートまで持ち込む。それが彼らのやり方だ。こんな戦い方をするチームは、少なくとも私の見たところ、世界でも中国だけである。

そして北京パラリンピックでは、この中国の「4人ディフェンス」が、強豪国の攻撃陣を苦しめた。4人で囲まれると、どんなに巧い選手でもなかなかシュートまではいたらない。逆サイドにパスを出しても、中国の守備陣は魚の群れのごとく集団でそちらに移動し、ボールホルダーから自由を奪う。その守備力によって、中国はブラジルとの2試合(1-1、1-2)以外の4試合を無失点に抑えた。勝った4試合のうち、3試合は1-0である。そのドリブル技術があまりに凄まじいため、どうしても攻撃に目を奪われがちだが、中国は本質的に「守備のチーム」なのだ。

初出場で初優勝した前回のアジア選手権でも、中国は(韓国との2試合では計7点を奪ったものの)日本とイランからゴールを奪えず、0-0で引き分けている。北京パラリンピック以降の1年間で得点力がどこまで増したかは不明だが、日本をはじめとする対戦国にとっては、中国の守備網を突破できるかどうかが最大のテーマとなるだろう。まさに「万里の長城」のようなその壁を乗り越えることが、上位進出の条件となるのである。

ともあれ、中国のドリブルは世界最高のレベルだと断言できる。今回のアジア選手権でも、多くの観客を「世の中にはこんなサッカーもあったのか!」とビックリさせることだろう。というか、こりゃあ、見ないと損ですぜ。ほかのスポーツでは決して出会えない驚きが、そこにはある。それを無料で見せてくれるというのだから、こんなに有り難いイベントはない。(2009/11/26)


プロフィール
岡田仁志(おかだ・ひとし) 昭和39(1964)年北海道生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。深川峻太郎の筆名でもエッセイやコラムを執筆し、著書に 『キャプテン翼勝利学』(集英社インターナショナル)がある。3年前からブラインドサッカーを取材し、今年6月、『闇の中の翼たち ブラインドサッカー日 本代表の苦闘』(幻冬舎)を上梓。

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